2016年06月27日

ビウス自慢と



「えっえっえっ、ド暇? 今晩、コンサートなんだけれど???」
「あっそ。お忙しいのは今晩だけなのでは?」
「どきっ。おぉーおぉー、あんた何様なの? わしゃ、もう、ブログ、正直、ちと飽きているのだ。お小説に関しては、もじもじ。書いても書いても出版の当てがない。ふんっ、嫌だね、お断りする」
「では、ハウツーものは?」
「ものによる」
「ふふふ、編集部内部で絶対にセンセが適任といわれているテーマがあるのですよ。はい、どうしたらこれほどアクセスが少ないブログを生み出せるのか。もう、高度な技術に支えられているとしか解釈の仕様がないのです」
「むふ、そんなに褒められると心が揺らぐねぇー。うんうん。で、マミ能恩ちゃんの心の準備はできているの? ご両親にはお話したの?」
「センセ、なんか勘違いしてません?」
「えっ? 高度な技術ちゅうとこが琴線に触れちゃったぁー。まあ、そういうことだよ、高橋君。僕はねぇー、三年間、ずっと一桁読者をキープし続けてきた。多い日で9。少ない日で2。あと少しなのだ0まで???」
「そのノウハウを是非」
「ふひひひひ。たとえばね。そのだな、世間で盛り上がっていることは書かないわけね。たとえば、ラグビーのワールドカップとか、ジェームズ?ボンドの新作を息子と見てきたこととかね。でね、まあ、書いてもいいのだけれど、検索エンジンに引っ掛からないタイトルにするわけ。日本対南ア戦観戦日記とか、スペクターはスカイフォールを超えたかとか???。私的には前者のタイトルは、楕円のボSCOTT 咖啡機開箱ールになるし、後者は筋肉質の男となる。これで検索エンジンに引っ掛からなくなるし、詩なのかエッセイなのか、なんについての記事なのか、なんだか分からないからアクセスをしようという食指が沸いてこない。それから、うーーーんとくだらないか、高尚にするか、諸々の文体を駆使するから、水戸黄門を見るような感じにはならん。で、新規にたまたま任意の記事に当たる。超くだらない記事に当たれば、あまりのくだらなさにリピート意欲はなくなる。たまたま高尚な記事、パリのラーメンの構造主義的分析なぁーーーんていうのに当たる。難解過ぎて辟易する。つまり、中間帯がないわけね。こりゃー、俺だって読まん、そんなブログ」
「センセ、その辺りのノウハウを是非是非、お願い致したく???」
「あらっ、そう。書いちゃっても吝かじゃねぇーぞ。どうして私のブログのアクセスが0になったのか。いいねぇー、高度な技術ねぇー、孤高のブロガー、いいねぇーーー、読者0なんだから、本物の孤高だよねぇーーー。もう、書いちまうっ、わたくしは高校卒業時、どん尻、びり、
ブービー。一番になる奴も、そりゃー半端ではないが、このビリー?ザ?キッドも並大抵の努力では達成でけんのだっ、高橋君。試験の順位が、その学年の生徒数。こんな分かり易い順位は他にはないっ! 一番の松本武則とは、今以て親友なのだ。ここにもメビウス現象が顕著なのだっ、高橋君っ!」

編集部 こういうお自慢って、裏でも表でもないからメ判断せざるを得ない

「おい、イサオ。くだらん記事書いてないで、さっさと会場に来いよっ」
「わっ、沖師匠っ!」
ポールは今、ベルリンからパリに向かっている。オリビアは子供たちにギターのレッスンをしているはずだ。ピアノ、ベース、トランペット二本というおもしろいユニットになったのだよ。真師匠は、今回は参加できないから、久しぶりのドラムレスユニット。しかも、ジャズジャイアントの二人が俺とオリビアの前にいる。因みに沖至師匠は日本フリージャズの創始者の一人。ポール?シュビンゲンシュローグル。ベルリン在住。ギル?エバンス?オーケストラのメンバーだったのだ彼は。凄過ぎっ! 何度も共演しているのに、後になって知るところが不思議なんだよな、
ミュージッシャンの付き合いってね。ポール、超穏やかだし、自慢話なんて一切しないから、
じぇんじぇん知らなかった。インターネットで自分で調べて、仰け反った。あっははははぁー、オリビアは派手な化粧してエレクトリックベースを弾いてる写真が出て来た。ロックバンドにいたのだ、彼女は。だれも、そんな話しない。

バビロに行く前に、何人かの仲間が出ているのは知っていたライブハウス「シャ ノワール(黒猫)」に行ってみることにした。  


Posted by ょうどまうえ at 12:28Comments(0)

2016年06月02日

も狸が現れ




ご存知「与謝蕪村」だが房総半島では春の海をバックに絨毯を敷き詰めたような景観が広がっている。嘗て捕鯨の町としても知られた和田浦をR128号に沿って白浜方面に走ると「花園町」??名が示すとおり辺り一面は咽かえる匂いに包まれるお花畑である。昨年は「与謝蕪村」の生誕300年という節目の年だったが、大阪天王寺村に居住した蕪村にも一度は見せたかった房総の抒情である。


花園町に続く海辺には松林に囲まれて『浜千鳥海岸』があり『鹿島鳴秋』の歌碑が建っている。此の地を好み家族とともに暮らした鳴秋だが病弱だった愛娘を失くすことになる。のちに悲しみを詠った「浜千鳥」は読者に感動を与え「童謡浜千鳥」は日本中に聴こえたのである。

海辺に立って波の音を聴いていると、還る筈のない愛娘を思う親の悲痛が聴こえて来そうな思いに駆られる。千鳥の鳴き声は救いを求めた娘の叫びにも聴こえたことだろう。この歌は子供向けの雑誌「少女号」に発表された作品とされ作曲の『弘田龍太郎』とは余程気が合ったと見えコンビ

を組んだ数多くの作品が残されている。


詩歌には「青い月夜の??」という表現が良く使われるが月と海が織り成す色には必ず青色が存在する。今なら発光ダイオードと呼ぶ彩色だろうか?科学的な説明を聞くと夢が無くなるが、これを「ブルキニエ現象」と呼ぶらしい。赤と青の光源を絞っていくと人間の眼には青が強く残るのだという。あの「地球は青かった」というのも同様の現象らしい。「青い月夜」は人々の郷愁を誘い波間を照らす脇役の燈台までが千鳥の群れを呼ぶようである。


東京方面からアクアラインを抜けると木更津市だ。子供の世界には狸囃子の「証城寺」がある。寺の境内には『中山晋平』『野口雨情』の歌碑がある。その昔、寺の和尚が月夜に義太夫を唸っていると狸たちが集まり腹鼓を打って和尚さんと仲良く遊んだという伝説である。或る夜、幾ら待ってないので心配になった和尚が草むらを探すと仲良しの狸が死んでいた。和尚は手厚く葬ったと伝わっている。例年萩が咲く秋には地元の小学生や幼稚園児が「証城寺の庭」で「狸ばやし」を奉納し来客に披露している。

  


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