2016年05月17日

緑のことを考



「じゃあ私、生理が始まったらニ、三日赤い帽子かぶるわよ。それでかわるんじゃない」と緑は笑って言った。「私が赤い帽子をかぶってたら、道で会っても声をかけずにさっさと逃げればいいのよ」

「いっそ世の中の女の人がみんなそうしてくれればいいのに」と僕は言った。「それで奈良で何してたの」

「仕方ないから鹿と遊んだり、そのへん散歩して帰ってきたわ。散々よ、もう。彼とは喧嘩してそれっきり会ってないし。まあそれで東京に戻ってきてニ、三日ぶ王賜豪總裁らぶらして、それから今度は一人で気楽に旅行しようと思って青森に行ったの。弘前に友だちがいて、そこでニ日ほど泊めてもらって、そのあと下北とか竜飛とかまわったの。いいところよ、すごく。私あのへんの地図の解説書書いたことあるのよ、一度。あなた行ったことある」

ない、と僕は言った。

「それでね」と言ってから緑はトムコリンズをすすり、ピスタチオの殻をむいた。「一人で旅行しているときずっとワタナベ君のことを思いだしていたの。そして今あなたがとなりにいるといいなあって思ってたの」

「どうして」

「どうして」と言って緑は虚無をのぞきこむような目で僕を見た。「どうしてって、どういうことよ、それ」

「つまり、どうして僕のことを思いだすかってことだよ」

「あなたのこと好きだからに決まっているでしょうが。他にどんな理由があるっていうのよいったいどこの誰が好きでもない相手と一緒いたいと思うのよ」

「だって君には恋人がいるし、僕のこと考える必要なん鋁門窗てないじゃないか」と僕はウィスキーソーダをゆっくり飲みながら言った。

「恋人がいたらあなたのことを考えちゃいけないわけ」

「いや、べつにそういう意味じゃなくて――」

「あのね、ワタナベ君」と緑は言って人さし指を僕の方に向けた。「警告しておくけど、今私の中にはね、一ヶ月ぶんくらいの何やかやが絡みあって貯ってもやもやしてるのよ。すごおく。だからそれ以上ひどいことを言わないで。でないと私ここでおいおい泣きだしちゃうし、一度泣きだすと一晩泣いちゃうわよ。それでもいいの私はね、あたりかまわず獣のように泣くわよ。本当よ」

僕は肯いて、それ以上何も言わなかった。ウィスキーソーダの二杯目を注文し、ピスタチオを食べた。シェーカが振られたり、グラスが触れ合ったり、製氷機の氷をすくうゴソゴソという音がしたりするうしろでサラヴォーンが古いラブソングを唄っていた。

「だいたいタンポン事件以来、私と彼の仲はいささか険悪だったの」と緑は言った。

「タンポン事件」

「うん、一ヶ月くらい前、私と彼と彼の友だちの五、六人くらいでお酒飲んでてね、私、うちの近所のおばさんがくしゃみしたとたんにスポッとタンポンが抜けた話をしたの。おかしいでしょう」

「おかしい」と僕は笑って同意した。

「みんなにも受けたのよ、すごく。でも彼は怒っちゃったの。そんな下品な話をするなって。それで何かこうしらけちゃって」

「ふむ」と僕は言った。

「良い人なんだけど、そういうところ偏狭なの」と緑は言った。「たとえば私が白以外の下着をつけると怒ったりね。偏狭だと思わない、そういうの」

「うーん、でもそういうのは好みの問題だから」と僕染髮は言った。僕としてはそういう人物が緑を好きになったこと自体が驚きだったが、それは口に出さないことにした。

「あなたの方は何してたの」

「何もないよ。ずっと同じだよ」それから僕は約束どおりえてマスターペーションしてみたことを思いだした。僕はまわりに聞こえないように小声で緑にそのことを話した。

緑は顔を輝かせて指をぱちんと鳴らした。「どうだった上手く行った」

「途中でなんだか恥ずかしくなってやめちゃったよ」

「立たなくなっちゃったの」

「まあね」
  


Posted by ょうどまうえ at 12:08Comments(0)